「たら」「れば」人生からさようなしましょう

「たら」「れば」をボキャブラリーから追放しましょう

野球に「たら」「れば」はつきものです。

「あのときスクイズが成功していたら」

「あのときエラーをしていなければ」

野球が好きな人同士が野球観戦をすれば、このような言葉飛び交います。

しかし、「たら」「れば」はあくまで過去のことに対しての話です。

いっくら「たら」「れば」を言っても過去は変わりません。

しかし、ついつい口をついて出てしまうのが人間ですね。

「たら」「れば」が言葉の中に多い人は今を一生懸命に考え、行動していない人です。

今を一生懸命に生きている人は「たら」「れば」という言葉が少ないです。

あなたも自分のことを考えてみてください。

何かを一生懸命にやったときには、その結果がどうであれ「たら」「れば」という言葉はあまり出ないと思います。

中途半端なことをやったときとか、手を抜いたときに「たら」「れば」という言葉が出てはきませんか?

つまり、「たら」「れば」が多い人はそれだけ人生に真剣に向かいかって生きていないということですね。

人生は車の運転のようなもの

あなたは車を運転しますか?

私もたまに東京都内を運転します。

でもそのたびに思います。

「東京都内の道はいったん家を車で出たら、もう無傷で家に戻ってこれなくても不思議じゃない。特に首都高は」って。

それくらい混雑した都心の運転には気を使います。

少し気を抜くと大きな事故につながってしまいます。

気を抜かなくても大きな事故に巻き込まれることもあります。

信号で停止していたら、後ろから車が突っ込んでくるとか。

人生も同じようなものです。

気を抜いていたらどんな事態に巻き込まれるか判りません。

気を抜いていなくても大変な事態に巻きもまれることもあります。

人生はそれだけ先行きが不透明なものであるということです。

そんな人生において頻繁に「たら」「れば」がぽんぽんと出てくるような生き方をしていたのでは幸せになることはまず無理です。

聞いたことがあるとは思いますが、幸せってやってくるものではなくて、自分からつかみに行くものですよね。

「明日から「たら」「れば」を使う人生にさようならをしよう」って今決めてみたらどうでしょうか?

過去の自分の選択を否定するということは、自分を否定していることになりますよ。

あなたの中にいるもう一人の自分は、あなたの思考のとおりにあなたを動かします。

自分を否定する思考はあなたを不幸せにしていきます。

では今日はここまでです。