無一文の難病患者から復活した方法 第五話

昨日は、「生活保護の申請」するために東京の品川区役所に行ったところまでお話をしました。

当時、私は23歳くらいだったと思います。

まぁ、この年齢で生活保護の申請をする人も珍しいんでしょうね。

受付の人に「え!?」という顔をされましたから。

さて、昨日のメルマガを出した後、複数の方から「両親や親戚、兄弟に頼ることはできなかったんですか?」という質問が来ましたので、それにお答えしておきます。

私のホームページをくまなく読んでいる人はご存知かもしれませんが、私の両親というのは私の本当の両親ではありません。

当時私は東京に住んでいましたが、両親は四国の徳島に住んでいました。

そして、私がB型慢性肝炎にかかった当時、父親は前立腺癌が膝と腰に転移していました。そして母親は脳梗塞の後遺症で苦しんでいました。

こんな状況で、とても両親を頼るような状況ではなかったんです。

一家全員が結構ヘビーな病気にかかっているという状態でしたね。。

よく友達から「お前の家、呪われてんじゃないのか?お祓いに行った方がいいんじゃないの?と言われましたね。

神とか呪いとか、そういったものは一切信じなかった私も、さすがに「呪われてんのかなぁ」と思ったものです。

父親も母親も家庭が複雑でしたので、親戚付き合いが全くなく親戚に頼ることもできませんでした。

また私には兄弟もいませんでした(厳密には父親が違う姉がいましたが、それは後になって知りました)

このような状況でしたから、誰にも頼ることができず生活保護の申請に行ったわけです。

さて、話を本題に戻しましょう。

品川区役所の生活保護の担当者は私に次のように言いました。

「君は税金(住民税)をちゃんと払っていないよね。だから生活保護を受ける権利はないよ。義務を果たしていない人が権利を主張することはできない。それにまだ若いんだから頑張って働けばいいじゃないか」と、こんなニュアンスのことを言われました。

確かに税金を払っていなかったのは私が悪いと思います。

ただ、払いたくても払えなかったし、若いんだから働けと言われても病気のせいで満足に働くこともできませんでした。

しかしそういった事情を担当者は一向に理解しようとはしませんでした。

私も好き好んで無職に近い状態でいるわけではなかったので、担当者の冷たい感じの対応には内心ムッとしたもんです。

生活保護の道もなくなり状況は八方塞がりです。

家賃も2ヶ月分ぐらい滞納していましたし、電気やガスも止まった状態。

このままでは餓死してしまう。

そう思って私は実家に一度帰ることを決意します。

しかし、そのお金もありませんでした。

続く。。