無一文の難病患者から復活した方法 第七話

宅急便のアルバイトで実家に帰る費用と当面の生活費を確保した私は1月の中旬頃、実家に戻りました。

私の実家は、徳島県の池田町という町で、山の中にある本当に何もない場所です。

高校野球で有名な「池田高校」があるところです。

東京に3年ほど住んでいて実家に戻ってくると、東京との落差が大きすぎて、しばらくの間は生活に戸惑いました。

本当に何もありませんから。

夕方6時を過ぎると店はすべて閉まっていて営業している店といえばスナックぐらいです。

当時はコンビニもなく買い物もとても不便です。

さて、実家に戻ってすぐ、地元の県立病院を受診しました。

宅急便のアルバイトをしている間は病院に行っていなかったので、アルバイトをした結果病気がどうなっているのかとても心配でした。

案の定、B型肝炎は悪くなっていました。

それもびっくりするくらいに!

医師は検査結果を見て「これはひどい、明日にでも入院してください」と私に告げました。

結局2ヶ月近く入院することになります。

せっかくアルバイトで貯めたお金も、この入院でなくなってしまいました。

「はぁ~」って感じで、もうなんかやる気も無くなってくるんですよね。

23歳といえば人生楽しい頃ですから「なんで自分が。。」って思考が強く出てきて鬱っぽくなってました。

自由になるお金もないし。

ただ、実家暮らしで家賃がかからないのが唯一の救いでありました。

さて、退院して私はまたアルバイトを探すことになります。

しかし、病気のことがありどこも雇ってくれることはありませんでした。

最後になんとか拾ってくれたのは、町の中華店でした。

仕事は出前です。

なぜ、この中華店が私はアルバイトに採用してくれたのか?

それは何と、そこのお店の経営者の方も同じB型慢性肝炎だったんです。

全くの偶然です!

当時、引き寄せの法則という言葉はありませんでしたが、今であれば「引き寄せた~」となるんでしょうね。

同病相憐れむではありませんが、面接の時に私が今までの苦労の話をしたら、経営者の方は私を不憫に思ったのでしょう。

「明日から来れますか?」と言ってくれました。

この時は本当に嬉しかったです。

「首の皮1枚繋がった~」と心の中でガッツポーズをしたのを覚えています。

昼の時間帯だけの出前のアルバイトなので、1ヶ月働いても6万円ぐらいにしかなりませんでしたが、家賃が必要なかったのでなんとか医療費を工面することができました。

私はこのアルバイトを2年近く継続します。

このアルバイトは昼だけのアルバイトでしたから、時間がたっぷりありました。

この時間を使って、自分は将来どうするべきか?

これを必死に考えたんです。

病気に怯えながら、このまましばらく出前のアルバイトを続ける。

このことを私は到底受け入れることができませんでした。

しかし、B型慢性肝炎を治さないことにはどうもすることができません。

思考は堂々巡りでした。

しかしある日、本屋に入って手にとった一冊の本が、私にまた新たなきっかけを与えることになります。

続く。。