無一文の難病患者から復活した方法 第11話

前回までのあらすじ

自分の願望が何でも叶うと標榜する、宗教団体のような団体が主催する半年間に渡るセミナーに参加するため貯金をし、東京にアパートを借りて上京してきた私でしたが、セミナーの申し込み行く途中にかけた電話によって、参加を断られてしまいます。このセミナーによってB型慢性肝炎を治そうとしていた私は途方に暮れてしまいました。

第11話

約1年半をかけて、この日のためだけに生きてきたような私は、途方に暮れるどころの精神状態ではなく、全身から力が抜けて電車に乗ることもできなくなり、アパートに帰る気力すらなくなっていました。

JR山手線の恵比寿駅前にあるファーストフード店に入り、深夜までいたことを覚えています。やっと体が動くかなと思って帰ろうと思って駅に歩きましたが既に終電は終わっていました。

タクシーで帰るほど現金を持ち合わせてもいませんし、また、お金ももったいのでファースフード店に戻り、コーヒー一杯で朝まで時間を潰しました。

この時の私は、ただ一点を見つめてぼーっと固まって座っていたので、おそらく店員さんも気持ちが悪かったのではないかと思います。

始発が走る頃になり、ようやく重たい体をあげて、私は自分のアパートに向かって帰り始めました。

山手線で池袋から東武東武東上線に乗り換えるのですが、頭がちゃんと働いていなくて乗り過ごしてしまったり、降りた駅で違う方向に向かって歩いてしまったりと、アパートになかなか帰ることができませんでした。

人の脳というのは、大きなショックを受けると、ちゃんと働かなくなってしまうんですね。

アルコールをたくさん飲み過ぎて酩酊状態になっている人のような感じだったと思います。

アパートに帰ってから、私はこれからどうすればいいのかについて考えましたが、どうにも頭が働きません。

その日は何も食べることができず、そして次の日も何もできませんでした。

そういう状態が三日から四日続いたと思います。

布団も買ってなかったので、畳の上に敷いたバスタオルの上で何も食べずに、三日から四日ずっーと寝てました。

ようやくものごとが考えられるような状態になってきましたが、打開策は全く見つかりません。

結局行き着く先はこのまま一生、B型慢性肝炎で苦しんで、死んでいくだけ。

そういう結論しか導き出すことができませんでした。

だからといって自殺をする勇気もなく、とりあえず病気に怯えながらでも何らかの収入を得なくてはいけません。

しばらくどこかでアルバイトをして時間を稼ぎながらもう一度何か治す方法を考えてみようと思いFrom A というアルバイトの求人雑誌を買ってきてアルバイトを探しました。

そこで見つけたのは六本木から赤坂にかけて立つ、アークヒルズという複合商業施設の近くにある酒屋のアルバイトで時給は750円でした。

続く。