無一文の難病患者から復活した方法 第13話

日本赤十字社医療センターに入院することになった私でしたが、そこでの入院生活は今までのものとは全く違ったものでした。

まず自分が入院することになった部屋には、自分より若干年上くらいの男性が2人いました。

この二人の人達も、自分と同じ B 型慢性肝炎で入院されていました。

同じ病気ということもあり、この人たちとは入院してすぐに親しくなりました。

同じ病気同士の人たちというのは仲良くなる傾向がありますが、この時は年齢も近かったということもあり、まるで昔からの友達のように病院の中で遊んでいました。

病院の中で遊ぶと言ったら不謹慎かもしれませんけど。

消灯後、看護師の部屋の見回りが終わったのを見計らって、真っ暗な待合室に3人で集まって深夜までよく喋っていました。

また、たまにはトイレで私服に着替えて3人で病院を抜け出し、広尾の街に遊びに行ってカラオケをしたり、病院の待合室に宅配のピザを取ったりと、まるで毎日合宿をしているような感じで、入院しているという深刻さがあまりなかったように思います。

またとてもユニークな人もいましたよ。

私の将棋仲間になったタクシー運転手のおじさんなんですけど、この人、いつも医者の文句ばっかり言ってました。

「日赤に来る前の病院の主治医に俺はダメにされてしまったんだ、あいつのせいで俺はボロボロになったんだ。ここを退院したら俺はあいつを殺しに行くんだ」と愚痴とも本気ともとれないことを言ってましたね。

それを自分だけではなく、入院患者が本を読んだり、テレビを観たりする談話室にいる他の人にもそうやって話しかけるもんですから、結構みんなから煙たがられていました。

でも根は良い人でした。

ある日将棋を指していると、その人の左側に刺青が見えたもんですから「ひょっとしてこの人ヤクザなのかな?」と思って、「おじさんってひょっとして組の人ですか?」と聞くと、よくぞ聞いてくれたというような顔で自分がヤクザであることを自慢げに延々と語り始めるんです。まあ自分としては全く知らない世界のことなので、それはそれで楽しく聞いて時間つぶしにはとても良かったように思います。

人生って何だろうって思わされるような患者さんもいました。

5歳ぐらいの女の子なんですけど、生まれつき肛門が奇形なのかないのか忘れましたけど、そういった病気で、自然に排便をすることができないということでした。
それで、生まれてからほとんど病院の中での生活ということでした。

こう書くとなんか暗くなってしまうんですが、とても明るく活発で可愛い女の子で、いつも点滴台と一緒にあっちにいったりこっちにいったりと病院の中を動き回っていました。

この子を見ていると、「自分なんてまだ恵まれているなって」つくづく思いました。

B型慢性肝炎ぐらいで落ち込んでいるのはバカみたいだって思えたんですね。

また恋愛映画のような出来事もありました。

今思い出しても胸が締め付けられるというか、人が人を好きになる事の純粋さのようなものを目の当たりにしたこともあります。

これについては、また明後日にお話をしたいと思います。